塾について

子どもの学校 日本のホイスコーレ
グルントヴィとは 内村鑑三
デンマークのフォルケホイスコーレ 共生 多元
デンマークと日本 炭谷氏の考察から
   
   

http://karin30.flib.fukui-u.ac.jp/

http://karin30.flib.fukui-u.ac.jp/~work/karin28.html

http://karin30.flib.fukui-u.ac.jp/~work/karin28.html#sakurai

デンマークのフォルケホイスコーレ

                                         桜 井 康 宏

 この5月から、 文部省の在外研究員制度を利用してデンマークのオーフス市に2カ月間の滞在を予定している。

受け入れ先との事前連絡等も順調に進んで、 あとは文部省からの正式通知を待つのみなのであるが、 受け入れ先である大学の研究室に閉じ込もるつもりは全くない。

といって観光気分で遊び回るつもりでももちろんなく、 日本での日頃の研究と全く同様に 「まち」 に出て、 五感をとおして生活と環境を感じとり、 障害者や高齢者を含めた市民の生活と生活空間の実態をつぶさに調査したいと考えている。  

その打ち合わせの意味もあって、 去る1月末には、 オーフス市議会の福祉委員長でもある女性議員と福祉サービスの最前線で働く女性を福井に招いて講演会を開催した。

テーマは 『デンマークの高齢者福祉の最前線』 である。

福井市や建築士会等の支援もいただいたおかげで市内外から300名を超える盛会となった。

と同時に、 市の都市政策や福祉政策に関する最新の統計資料等が入手できたことと、 現地で予定している調査実施等について理解と協力の承諾をいただいたことを大いに喜んでいるところである。

出発までには入手した統計資料等を読みこなして、 現地での調査をより有効に進めたい (それにしても2カ月という期間はあまりに短いのであるが) と考えている。  

研究内容に関わることがらはいずれ学内紀要等で報告させていただくことにして、 ここでは、 過去3度の訪問をとおして感じたデンマークの姿と、 それを創り出すうえで大きな力となったと思われる 「フォルケホイスコーレ (国民高等学校)」 についてご紹介させていただくことにする。

1. 「自立と共生」 を追求し続ける国  

デンマークに対する筆者の第一印象は、 そのゆったりとした生活のリズムであり、 大人であれ子供であれ、 障害者であれ高齢者であれ、 また施設職員であれ行政職員であれ、 会う人ごとにその自信をもった生き生きとした言動に感動させられることである。

そしてこの自信が、 高い福祉の水準という 「結果」 から来るものではなく、 自分たちで決めて創ってきたという 「過程 (プロセス)」 から来るものではないか……という印象をますます強くしている。

一言でいえば、 デンマークの社会を特徴づけるのは 「徹底した地方分権 (地域の自立)」 と 「徹底した当事者参加 (自己決定→個人の自立)」 という 「自立のシステム」 であり、 まさに地域に根ざして 「自立と共生」 を追及し続けている姿である。  

日本でいえば学区程度の地区単位にまで分権化された高齢者政策など、 それを実証するデータには事欠かないのであるが、 「地域の自立」 に対するデンマーク国民の思いを何よりも強く感じさせたのが 「風車」 の存在であり、 その多くが農民による協同組合方式によるものだと聞かされた時である。

平坦地で川も少ない国土で水力発電もままならず、 スウェーデンから電力を買わなければならない状況下にありながら、 一方では国民投票で 「原発」 を拒否し、 一方では協同組合で 「風車発電」 をするという姿勢に 「地域の自立と共生」 の真髄を見せられた思いがした。

もっとも、 最近では天然ガスの利用によって電力不足は解消されているようではあるが、 この姿勢は少資源・リサイクルなどの環境問題への取り組みとして強く受け継がれている。

2. デンマークの近代化過程  

筆者が初めてデンマークの地を訪れたのは、 「EU統合」 に対してデンマーク国民が 「ノー」 の判定を下した1992年6月のことであり、 その意味でも 「地域の自立」 に対する彼らの意志の強さには関心を持たざるを得ない時期であった。

このような強い 「自立」 志向が如何にして形成されてきたか、 それを論ずることは一介の工学者になせる業ではないが、 少なくとも、 前世紀半ばの領土の喪失とそれに引き続く未開拓農地の開発運動が農民の自治能力形成と発展の場となり、 農民階級や農民政党がデンマークの 「近代化」 を支えてきたという歴史がありそうである。  

すなわち、 1864年の第2次シュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争によって、 デンマークはユトランド半島のドイツ側約 1/3 の領土を失うのであるが、 「外に失いしものを内に取り返さん」 という未開拓農地の開発運動が、 伝統的な古い共同体に代わる 「協同組合的農民 (Andelsbonde)」 の形成を促し、農民層の解体とプロレタリア化を押しとどめ、 農民層が市民社会を取り込み、 共同性をより高める形で社会と人間の解放を進め、 英仏以上の人権と社会保障を誇る 『北欧型近代化』 を成し遂げたと考えられている。

そして、 その精神的拠り所となったのが、 牧師であり作家であるグルントヴィ (N.F.S.Gruntvig) であり、 その運動を実質的に支えたのが 「フォルケホイスコーレ」 とその兄弟分ともいえる 「農民学校」 であったとされている。  

「フォルケホイスコーレ」 の創設は1844年であるが、 1830年代から形成され始めた地方自治や1848年の立憲君主制以降の民主主義を実質化するために、 農民の 「対抗教育」 機関として構想されたものであり、 いわゆる 「フリースクール」 とは明らかに性格を異にするものである。

そして、 グルントヴィの教育思想は 「民衆の社会的自覚」 あるいは 「共生の自覚」 と表現され、 その方法論は 「(死んだ文字に対する) 生きた言葉」 「相互作用と対話」 「歴史的−詩的方法」 「試験の廃止と生の啓発」 の4点に整理されている。  

それにしても、 このようにして国民の 「自立」 のシステムが確立し始めるのが明治維新の頃の話であることを振り返れば、 その後の日本が目指した 「西欧化」 と 「アメリカ化」 の陰で失ったもの、 あるいは未成熟のまま置き去りにしてきたものの大きさを思わずにはおられない。

そして、 わが国における最近の大学 「改革」 論議の原点もここらにありそうに思われるのである。

3. フォルケホイスコーレの現在

デンマークのフォルケホイスコーレは、 現在では、 17才以上なら性別、 年齢、 障害の有無、 国籍等を問わず誰でも入学できる生涯学習的教育機関として、 技術や知識の習得に目標があるのではなく、 教師と学生が寮で共同生活をし、 書物よりも対話を中心として生そのものを学び、 社会性を自覚すること、 自己発見をして自分の道を探し出すことに目標が置かれている。  

学生数は80〜100人程度で、 試験というものを絶対にせず、 単位や資格の付与もなく、 学期は2カ月から8カ月までいろいろあり、 好きなだけ更新もできる。

そして、 運営費 (教師の給与) の8割は国が負担しているとのことである。

こういうフォルケホイスコーレが全国に100校ある (国全体の人口が約500万人であるから、 日本でいえば大きな県に100校、 福井県でも10校以上ということになる)。

そして、 普通学校卒業後も 「自分の道」 を見つけ出せない若者から 「第2の人生」 を見つけだそうとする高齢者まで、 そして失業した者、 外国人なども含めて入学希望者は多く、 我々が訪れたリー・ホイスコーレでも 「来年春のコースまで満杯」 とのことであった。  

これほどまでに 「自立しよう (自分らしく生きよう)」 とする国民の意志と、 それを許し支援しようとするシステムが存在すること、 しかも時の流れを忘れるような穏やかな自然の中にそれが存在すること、 この 「豊かさ」 を前に、 我々一同 「息子や娘をここに来させよう」 と、 ため息まじりの感想を述べるのがやっとであった。  

なお、 デンマークに生まれたフォルケホイスコーレは、 その後、 スウェーデン (1868)、 ノルウェー (1875)、 フィンランド (1889) にも広がり、 現在では成人教育・社会教育のモデルとして世界に普及しているようであるが、 北欧を除く先進諸国では必ずしもその精神が理解されているわけではなく、 その精神が最も生きているのが発展途上国や東欧諸国だと言われている。  

最後に 「ご案内」 をさせていただくことにします。

オーフス郊外の小さな港町ホウにあるエグモント・ホイスコーレに、 本年8月から 「国際福祉コース (定員12名)」 が新たに開設されます。

17週の秋コース、 23週の春コース、 そして40週の年間コースの3種類が選択できるそうです。

手元に日本語の案内書・受講申請書がありますので、 興味ある学生諸君は是非お越しください (もちろん教職員の方でも構いません)。

(さくらい・やすひろ 図書館委員)

塾について

子どもの学校 日本のホイスコーレ
グルントヴィとは 内村鑑三
デンマークのフォルケホイスコーレ 共生 多元
デンマークと日本 炭谷氏の考察から